学生時代2年間新宿中央公園のすぐ隣に住んでいた。当時は今と違い、高層ビルは京王プラザホテルと住友三角ビルしかなかった。将来15本以上の高層ビルの計画がある、と聞いたことがあったが、その通りになった。まさにskyscrapers townである。当時のおもかげなどまったく無い。
住んでいた住所は西新宿6丁目12-5、名前を「たちばな壮」と言った。こういうどうでもいいことは、よく覚えている。部屋代は安かったが、恐ろしくボロアパートだった。震度3か4程度の地震でも、真っ先に倒れそうな学生アパートだった。さらに私も含め変人ばかりだった。
向かい側の部屋は東京外国語大学の学生だったが、1日中部屋に閉じこもり、めったに顔をあわせたことは無かった。たまに母親らしき人が様子を見に来ていた。隣は早稲田の学生で、ある日突然夜逃げした。あっちこっちに借金があったらしい。
わたしの真上は慶応の空手部で、夜な夜な「うりゃーおりゃー」どすんどすんと、うるさくて仕方なかった。ある寝静まった夜、突然「バリバリ!」という音に跳ね起き、部屋の電気をつけると、天井から足が出ていた。
その後しばらくして、アパートは取り壊されることになり、せきたてられるように、たちばな壮を後にした。